Chronos (クロノス) 日本版 2013年 11月号

忙しかったため,発売を見逃していた。

ミドルレンジウォッチの底上げについて。機械化に伴い製品の質が上がり値段が安くなる,というのはすべての製造業がたどったか,またはたどっている道なので,時計産業も避けることはできないだろう。

機械化に伴いコストダウンすることはどこでもできる。端的に言えば,中国などの海外メーカーでも可能な方法だ。確かにコストダウンは必要だが,それだけでは利益を上げることが徐々に難しくなる。

その上で,どうブランドの価値を高めるか(時計そのものではない)が高付加価値を生むための鍵となるのだろう。

この問題に対する一つの解が,リシャール・ミルの特集にある。
記事でリシャール・ミルの高価格にいろいろと理由はつけているものの,いずれもはっきり言えばまやかしである。

いくら高額な素材を使用しているといっても,腕時計のサイズではたたがしれている。また,CNCマシンに一人専属でつけたとしても,それもたかがしれている。

リシャール・ミルの値段の高さは,原価が高いことにあるのではない。逆説的だが,ブランド価値を高めるないしは維持するために,高い値付けをしているのだ。

循環論法めいた話になってしまうが,「価値がある物は高い」ということの逆は真ではないにもかかわらず,人間は「高い物には価値がある」と思ってしまう。ブランドの価値というのは一種の幻想で,その幻想を作り出すのに非常に有効な手段として,「値段を高くする」という方法が存在するのだ。

このあたりは,他のブランドでも実践されていることである。

高額製品のブランドの確立にはいくつか方法論がある。
1.王族などに使われていた歴史的価値の利用(PatekやVacheron,エルメスやカルティエ)
2.現代の有名人を利用(歴史のないブランドが多用)
3.ブランドそのものを神格化する(シャネルやリシャール・ミル)
といったところだろうか。

製品の質は当然の前提だが,質がよいだけではブランドたりえない。
ブランドとしての正当性を裏付けるなにかが必要なのだ。
リシャール・ミルの方法論は,かなりシャネルの方法論に近いと感じている。