パテックフィリップマガジンが先日届いた。
クラシックの真髄では,年次カレンダー Ref.5035をピックアップ。
Ref.5035初出のアニュアルカレンダームーブメントは,現在も年次カレンダーに使用されている。初代の5035はサイズもちょうどよく,カレンダー表示もまとまっていて非常に気に入っている。
明るいところではホワイトに見えるが,少し暗いところでは銀色の文字盤で縦の筋目が確認できる。
Ref.5396Gもムーブメントは同一だ。近年の年次カレンダーは扇形の表示になっているが,私はどうもいまいち好きになれない。
シンガポールで開催されたウォッチアート・グランド・エグジビジョンの紹介。
レマニアムーブメントから自社ムーブメントに移行した,クロノグラフについて。
そこまで興味がないので流し読み。
針の作製は,歩留まりがそれほど良いわけではなく製作しているフィードラー社も細心の注意を持って作製しているようだ。
一番面白かったのは,20世紀初頭にブラジルの代理店が展開していた「パテックフィリップ・クラブ」の顛末。
パテックフィリップにゴンドーロモデルを発注したのが当時のブラジルの代理店,ゴンドーロ&ラブリオ社。
ゴンドーロ&ラブリオ社はパテックフィリップ・クラブを運営し,その運営は以下の通りであった。
①180人の参加者が毎回10スイスフランを支払い,毎週一回の抽選会に参加する。
②抽選会では毎回当選した一人に790スイスフランの時計が与えられる。当選者はその後の支払いを免除される。
③79回の抽選に当たらなかった者は,79回で合計790スイスフランを支払い,全部の抽選会終了後に790スイスフランの時計を入手する。
ゴンドーロ&ラブリオ社からすると,180人に定価790スイスフランの時計を616スイスフランで売却できたという計算になる。
百貨店の友の会のようなシステムだろうか。このようなシステムにしていたのは,ブラジルの法律に違反しないようにするためのスキームだったという。
そのころ,ゴンドーロ&ラブリオ社の販売量はパテックフィリップの1/3を誇っていたようだが,代理店の経営破綻によってこの販売網は全滅し,時計の売掛金も回収不能。
そしてパテックフィリップ・クラブにおける時計の販売契約はパテックフィリップとゴンドーロ&ラブリオ社ではなく,パテックフィリップ・クラブのメンバーとパテックフィリップが直接するものとしていたらしい。
そのためゴンドーロ&ラブリオ社に残っていた時計は,パテックフィリップ・クラブとゴンドーロ&ラブリオ社との契約ではなくパテックフィリップ・クラブとメンバーとの売買契約であったため,ゴンドーロ&ラブリオ社から引き上げることができない。
このようにゴンドーロ&ラブリオ社の破綻により当時のパテックフィリップは二重の損失を被ったようだ。
手痛い社史を掲載できるほど今のパテックフィリップに余裕と勢いがあるのか,はたまたパテックフィリップ自身の戒めとして掲載したのか。いずれにせよ,興味深く読ませて貰った。