針を含めた文字盤が気に入るか,気に入らないか。
その文字盤が気に入ったのであれば,他者から見てどうであれ,自分にとっては美しいと感じる文字盤なのだろう。
A. LANGE & SOHNEの時計で,LANGEMATIK Anniversaryという時計があった。日本ではランゲマティック エマイユというほうがわかりやすいかもしれない。
発売当時は私も時計趣味があったわけではないので,このような時計があると知ったのは発売後大分後になってから。エナメル文字盤でシンプル,自動巻きだったので探してみたが限定500個で好事家向けのアイテムであったためあまり出回ることがなく,結局手に入れることはなかった。その後,LANGEMATIK Anniversaryはどんどんと値が上がり,現時点では500万円前後で取引がされている。
そういうことも経験としてあり,本当に欲しいと思っていて手に入るチャンスがあるのであれば,あまり迷うことなく手に入れた方がいいと考えている。
サクソニアフラッハ コッパーブルー(Ref.: 205.086)は2018年に発表されている。その後はそれほど話題になることもなく,買ったという話もほとんど聞かない。
私も気にはなっていたのだが,そもそもモノがないのではどうしようもない。しかしひょんなことから入手できることとなり,緊急事態宣言明けに受け取りをしてきた。
時計を購入したときの箱の大きさがどんなものなのかいつも気になるのだが,今回は割と常識的なサイズで一安心だった。
やたらと大きい箱であるとか,サイズはそれほどでもないのに異常に重たい箱を渡されるときもあって,そういうとき内心では正直困惑していたりする。
このサクソニアフラッハ コッパーブルー(Ref.: 205.086) Saxonia Thin Copper-Blue Dial,二針・手巻きの時計で,はっきり言ってこれだけだと人気が出ない組み合わせだろう。手巻きはかなりの時計好きにしか受けないため,セールスはよくないと聞く。また二針の時計も近時の時計業界からすると率直に言ってニッチな種類の時計だろう。
ただ思い出すと私が買った時計は最初の二本が続けて手巻きで,自分の方向性がそのころ既に定まっていたのかもしれない。
しかしこの時計は二針・手巻きではあるものの文字盤が特別だ。ゴールドストーン(紫金石)が文字盤を覆っている。これぐらい良い顔の文字盤はそうそうない。落ち着いた文字盤が好みだが,この時計については文字盤が気になっていた。
また文字盤そのものを気に入っているが,その製法にも興味がある。調べてみたところこの時計についてのレビューはいまのところ海外のものだけ。hodinkeeの記事は日本語だが,海外記事を邦訳したものなので日本国内でのレビューではない。
レビューを読んだところ,この時計の発表当時の文字盤は以下のようにして作製されていたことがわかる。
After a long conversation with Anthony De Haas, Director of Product Development for A. Lange & Söhne, the end result is that the stunning dial is a solid silver dial with a thin layer of aventurine glass carefully glued on.
デハス氏曰く,シルバーの文字盤とアベンチュリンガラス(ゴールドストーン(紫金石)のこと)を注意深く接着しているとのこと。
確かに文字盤とガラスを別々に作製して,良いガラスを選別してから貼り合わせると歩留まりも高くなり,きれいな文字盤が作れそうだ。
しかしこの製法にはどうも問題があったようだ。文字盤にムラが出てしまい,最終的にこのムラの発生を解決することができなかったらしい。
ムラが生じた原因まではわからないが,色のついた非常に薄いガラスを文字盤に貼り合わせるため,文字盤とガラス双方の微妙なゆがみや接着剤のつき方が原因となって発生したのかもしれない。
結局,以前の文字盤の製法は放棄され,新たな製法で作られているとのこと。
新たな文字盤の製法については詳しくわからないが,エナメルのようにシルバー文字盤の上でアベンチュリンガラスを焼成し,研ぎ上げて完成させているとか。
確かにアベンチュリンガラスを焼き溶かして文字盤を作製しているのであればムラは生じなくなるだろう。またエナメルのように何度も焼成するのではなく,アベンチュリンガラスの単一層の焼成であるため焼成は一度で済みそうだ。
とはいえアベンチュリンガラスのきらめきを出すのに難しさがあるようで,焼成の回数はエナメルより少なくて済むが,もしかすると歩留まりはあまりよくないのかもしれない。作っても作ってもムラが出てほとんど廃棄するよりはマシだろうが。サクソニアフラッハ コッパーブルー(Ref.: 205.086) Saxonia Thin Copper-Blue Dialが出回っていないのは,このあたりの文字盤の製作事情が理由と思われる。
現時点で日本国内において販売されたのは数本程度。二年待ちという話もあるようだが,下手をすると行き渡る前に廃盤になる可能性もあるかもしれない。
文字盤のきらめきは銅粉が光を反射することによって起きており,銅粉はガラスの中にランダムな向きで封入されている。銅粉の大きさも様々で,かつ銅粉は縦横斜め規則性なく散らばっているため光の加減できらめきがかわり,本当の星空を見ているような錯覚を覚える。
文字盤はこれだけ派手だが,二針とバーインデックスのみという構成要素の少なさが,この時計に落ち着きを与えている。
ムーブメントの仕上げはランゲ品質。サクソニアは100万円台でランゲの仕上げが手に入る,まったく手は抜かれていないと言われているが,その通りだろう。
パテックフィリップ5196G,ランゲ1815と。やはり構成要素が少ないので,あまり違和感がない。使うシーンが限られるようにも見えるが,ブルーダイアルの亜種と捉えて使うのが良さそうだ。
ランゲ1と並べてみる。しかしこう見るとA. LANGE & SOHNは割と変な(?)時計が多い。
ランゲ1は時計の文字盤デザインとしては間違いなく異形だし,アウトサイズデイトもかなり変わっている。変わった文字盤ではあるが,シンプルでごちゃごちゃとはしておらず,かつ仕上げがきちんとしているため違和感が起きないのだろう。
LANGEMATIK Anniversaryは発売当時,2,782,500円だったと聞く。サクソニアフラッハ コッパーブルー(Ref.: 205.086)は文字盤が気に入ってほとんど悩まずに購入を決めたのだが,LANGEMATIK Anniversaryとほぼ同様の価格,入手が難しいという似たような条件で何か因縁めいたものを感じる。もしかするとLANGEMATIK Anniversaryに持っていた思いはこの時計で果たされたのかもしれない。
なお私はこの時計の文字盤を気に入っているが,人によっては派手すぎる,または女性向けの時計のようだと思う場合もあるだろう。しかし私はこの時計がもっとも美しい文字盤の時計だと断言できる。
クロノグラフや鳴り物にはあまり興味がなく,本数が増えるに従ってシンプルなモデルに趣味が回帰している。星空のような文字盤が気に入って手に入れたこの時計,いろいろな意味で特別なものになりそうだ。